いまこそ読みたい ベンジャミン・カーター・ヘット著『ドイツ人はなぜヒトラーを選んだのか――民主主義が死ぬ日』
ドイツ革命と第一次世界大戦でのドイツの敗戦から、ヴァイマル民主制の下でナチスがドイツ民衆の間で支持を拡大し、最終的に政権入りを果たし、ヒトラーが首相に指名されるまでの歴史をわかりやすく描いています。
敗戦当時、参謀総長だったヒンデンブルクは第一次世界大戦におけるドイツ敗戦の責任を共和制に転嫁するため、「ドイツは内部からの裏切りで負けた」という「背後からの一突き」(匕首伝説)をでっちあげます。大戦で大量の戦死者を出したプロテスタントの農村の怒りは「匕首伝説」により民主制への憎悪へとかわり、海外貿易による農作物価格の下落は海外の民主主義国家(米英仏)への怒りとなります。これらに多くのドイツ人に共有されたボリシェヴィキ革命や移民への警戒心も加わり、やがてナチスへの支持という大きなうねりとなります。
その結果、後のナチス政権の政策が反民主制・反自由貿易・反資本主義・反移民・反社会主義となるのは、ある意味で当然の帰結と言えます。民衆の間に育った憎悪を利用して勢力を伸ばしたヒトラーのナチスを、大統領となったヒンデンブルクおよび保守派は政権維持のために政権に向かい入れざるを得なくなります。皮肉なことに、自らの保身のために作り上げた「匕首伝説」によって、ヒンデンブルクはヒトラーを首相に任命するという最悪の形で歴史に名を刻むことになったのです。
以上が概要です。ヘットは、ヴァイマル憲法下で保守派の政治家が左派との妥協を選んでいればヒトラー政権は誕生しなかったと鋭く指摘し、以下のように彼らの責任を厳しく非難しています。
「一九三二年から一九三三年初頭に政治危機と議会の膠着状態が起こり、それに対する唯一の解決策としてヒトラーが浮上した状況は、国会議員の半数以上を排除したいと考え、わずかな妥協さえ拒んだ右派の政治家たちによって作り出された。一連の保守派政治家たち(フーゲンベルク、ブリューニング、シュライヒャー、パーペン、そしてヒンデンブルク)は、目的を達成するために、自分たちに都合のよい条件で権力を維持するただ一つの方法として、ナチ党を口説こうとした。その結果、ヒトラー政権が生まれたのだ。」p. 285
『ドイツ人はなぜヒトラーを選んだのか――民主主義が死ぬ日 亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ』ベンジャミン・カーター・ヘット著 https://a.co/cDEL1Kz
多くの人に読まれてほしい一冊と言えます。ただし、翻訳には疑問を感じる箇所がいくつか(結構)ありますので、以下に挙げておきます。試訳には ChatGPT-4o の出力を参考にしています。電子書籍版を参照していますので、ページ数はずれているかもしれません。電子書籍版は初版第2刷をもとにしているそうなので、現在は修正されているかもしれません。
翻訳が文意を逸脱しているもの
引用「したがって、きわめてずうずうしい噓からは、つねになにかが残る。この世のあらゆる大噓つきや、大噓つき団体だけが底の底まで知っている事実が残るのである」p. 72
原文「For the most impudent lie always leaves something lingering behind it, a fact which is known only too well to all great expert liars in this world.」
試訳「したがって、きわめてずうずうしい噓からは、つねになにかが残る。この世のすべての熟練した嘘つきたちがよく知っている事実である。」
引用「その影響で、輸出業者も関税を下げて貿易を行おうとした。」p. 118
原文「Export industries also gained influence, which made foreign trade deals to reduce tariffs more likely.」
試訳「輸出産業も影響力を増し、それにより関税を引き下げるための対外貿易協定が成立する可能性が高まった。」
解説:「trade deals」は「貿易協定」か「取引協定」と訳すべきです。
引用「一九二九年には、よりによってポーランドから輸入されることになった取引のせいで農村部で暴動が起こり、輸入が承認されない事態となった。」p. 118
原文「A 1929 trade deal that would have brought in food imports from Poland, of all places, caused such outrage in rural areas that it could never be ratified.」
試訳「とりわけ、ポーランドからの食料輸入をもたらしたであろう1929年の貿易協定は、農村部で大きな反発を招き、批准されることはなかった。」
解説:これも「trade deals」は「貿易協定」か「取引協定」と訳すべきです。
引用「実は、一九二八年には国民の間に相当な政治不信があったが、それは投票結果には表れていなかった。」p. 132
原文「Even in 1928, a good deal of political disaffection was hidden in the vote totals.」
試訳「実は、1928年の時点で投票結果にはかなりの政治への不満が隠れていた。」
解説:続く文章で投票結果から有権者の不満を読み取っているので、「投票結果には表れていなかった」というのはおかしい。
引用「一九二九年一〇月の世界恐慌はウォール街大暴落から始まった、そして世界恐慌に乗じてヒトラーが勢いを増し、ドイツの民主主義が破局に向かった、という民間信仰がある。」p. 141
原文「THERE IS A folk belief that the Wall Street crash of October 1929 brought on the Great Depression, and that the Depression boosted Hitler and doomed German democracy.」
試訳「ウォール街の1929年10月の株式市場の暴落が大恐慌を引き起こし、大恐慌がヒトラーを勢いづけ、ドイツ民主主義を破滅させた、という俗説がある。」
解説:1929年10月の株式市場の暴落が大恐慌を引き起こした主な原因であるということを否定したいためにこのように書いているので、そのように訳す必要があります。著者は1929年10月の株式市場の暴落が大恐慌の始まりであることまでは強く否定していません。
引用「ドイツが戦後の国際社会への統合に完全に背を向けたこと、すなわち、民主主義に背を向けたことを示している。」p. 141
原文「showed that Germany was turning decisively away from integration into the postwar world community, which also meant that it was turning away from democracy.」
試訳「ドイツは戦後の国際社会への統合から完全に背を向けつつあり、それは同時に民主主義から背を向けつつあることを意味していた。」
解説:「背を向けつつある」というのは現在進行中の事態なのでこのように訳すべきです。
引用「一九二八年までは好調に推移していた、関連性のない経済や財政のいくつかの傾向が、一つに収れんしたのだ。」p. 141
原文「Several unrelated economic and financial trends that had been developing well before 1929 converged.」
試訳「1929年以前から進行していた、いくつかの無関係な経済的・金融的な動向が交差し、ひとつに収束していった。」
解説:1929年10月の株式市場の暴落以前からドイツ経済は色々な問題を抱えていたことを後ろに続く文章で説明しているので、「developing well before 1929」を「一九二八年までは好調に推移していた」と訳してしまうのはおかしい。
引用「驚くべき額の利益がニューヨークで生まれて世界中の資本に吸い込まれたが、ドイツは蚊帳の外だった。」p. 142
原文「The sensational profits to be earned in New York sucked in capital from all over the world and left Germany short.」
試訳「ニューヨークで得られる莫大な利益が世界中から資本を吸い寄せ、その結果、ドイツは資金不足に陥った。」
引用「ナチズムはグローバリゼーションに対する革命だったが、奇妙なことに、世界革命の一端でもあった。ヒトラーとナチ党は、各国の国際的影響力を利用していた。」p. 184
原文「Though Nazism was a revolution against globalization, it was also, paradoxically, part of a global revolution. Hitler and the Nazis drew on influences from around the world.」
試訳「ナチズムはグローバリゼーションに対する革命だったが、奇妙なことに、世界革命の一端でもあった。ヒトラーとナチ党は、世界各地から影響を受けていた。」
引用「当時、最大の国際的影響力があったのはトルコ共和国だろう。」p. 184
原文「Arguably the strongest of their international influences came from Turkey.」
試訳「おそらく彼らが受けた国際的影響の中で最も強いものは、トルコからのものであった。」
引用「もう一つ、初期の決定的なタイミングで国際的影響を与えたのはロシアだった。」p. 185
原文「Another influence at an early and decisive moment came from Russia.」
試訳「もう一つの影響は、初期の決定的な段階でロシアからもたらされた。」
解説:「国際的影響を与えたのはロシアだった。」だと、ロシアが世界全体に影響を与えたように読めてしまいます。
引用「(ブリューニングは)世界恐慌に無頓着だった可能性がある」p. 195
原文「Brüning could afford to be cavalier about the Depression」
試訳「(ブリューニングは)世界恐慌に無頓着であることが可能だった」
引用「彼の政府のオーストリアに対する主導権」p. 197
原文「his government's Austrian initiative」
試訳「彼の政府のオーストリアに対する取り組み」
解釈の余地があり、判断の好みに委ねられるもの
引用「どんな法律も、成文法自体にはあまり意味がない。というよりも、法にはさまざまな意味があって結局意味がない。法には、法を運用することはできない。大切なのは文化的、政治的環境であり、ともすれば過ちを犯しがちな人間はその環境のなかで法を施行する。」p. 54
原文「In any case, written laws on their own seldom mean very much, or, rather, they can mean many things, which amounts to the same thing. Laws cannot apply themselves. What matters is the whole cultural and political context in which fallible humans are going to execute them.」
試訳「いずれにせよ、書かれた法律そのものは、それだけではほとんど意味がない。いや、むしろ多くの意味に解釈できてしまうわけだが、それは結局意味がないのと同じことだ。法には、法を運用することはできない。重要なのは、法を運用する過ちを犯しがちな人間が置かれる、文化的・政治的環境である。」
解説:「成文法自体にはあまり意味がない。」と訳してしまうと、「法律を制定することに意味がない」と解釈されうるため、望ましいとは言えません。「法にはさまざまな意味があって結局意味がない」も試訳の方が原文によく対応している思います。
引用「あれほどのナショナリズムでありながら、国民社会主義は純粋にドイツらしい考えとはかけ離れていた。」p. 183
原文「For all their nationalism, the National Socialists were far from purely German.」
試訳「彼らのナショナリズムにもかかわらず、国民社会主義は純粋にドイツ的というわけでは決してなかった。」
解説:ドイツの国民社会主義がドイツの国内だけから生まれたわけではないことを説明している文であり、「purely German」を「純粋にドイツらしい考え」と訳すと原文の意図からずれてしまいます。