繰り返される日常と、暴力と破壊と、それでも続いていく日常 映画 『この世界の片隅に』
映画の冒頭は、原作の本連載前に書かれたプロローグである、主人公すずの子ども時代のエピソードに当てられます。そのエピソード自体を妹のすみに説明するため、すずが絵を描いて見せるというシーンが、映画では新たに追加されています。映画の冒頭でのこのシーンは、すずは絵を書くのが好きであること、すずとすみとの関係性、プロローグのエピソードの位置づけなど多くのことを短い時間の中で的確に観客に説明していて、非常に片渕監督っぽい演出になっているように思えます。しかし、このシーンの役割はこれだけではなく、これと対になるシーンが映画の終わりの方で出てくるのです(こちらは原作にもあります)。この冒頭と終わり近くの対比により2時間近くの映画の中で描かれた時間の流れを観客は改めて実感することになります。
「平成19年10月の雑誌に、昭和19年10月の話が掲載されている」というように、原作は連載時の現実の時間経過が物語の中の時間経過とほぼシンクロしているという、非常に特別な読書体験を生み出していました。片渕監督は上に書いたシーンの対比や同じアングルから同じ背景を繰り返し使うなどの手法により、原作の特別な読書体験を、2時間の連続する映画の中で観客に再び体験させてくれます。これは、綿密な時代考証によってある時点のあるシーンに実在性を与えようとするに留まらず、物語の中で流れる時間そのものに実在性与えようという試みである、ともいえます。
このようにして観客は、繰り返される何気ない日常、暴力によって破壊されそれでもなお続いていく日常を体験することになります。
傑作です。
【おまけ】マイベストオブ径子
すずの夫周作の姉径子のベストシーンをひとつ挙げておきたいと思います。原作にもあるのですが、径子が配給から帰ってきて無理やりすずと炊事を代わった直後のシーンです。径子は画面外の土間から料理の相談のため居間にいる足の悪い母北條サンを大声で呼び、サンは仕方なさそうにタンスに手をやりながらよいこらと立ち上がり(←ここのアニメーションがまた良い)、そのあと居間に残されるすずと径子の娘晴美。「自分で無理に代わっておいて結局母親呼ぶんかい」というツッコミを入れたくなりますが、まさにこの時点での人間関係あるいは母娘関係(この映画にはたくさんの母娘が描かれます)を明確に描いた、これぞ映画的瞬間であるといえます。
【おまけ2】マイベストオブ食卓
食事のシーンが多く出てきますが、マイベストの食事シーンを挙げるとすると、すずが実家へ帰省したときに浦野一家が雑貝を食べるシーンです。話している内容は深刻なのですが、もくもくと貝をほじくる絵とぽいと投げられて当たる貝殻同士の音が合わさって何ともいえない瞬間を作り出しています。